昨年の京都市芸術新人賞、今年の府文化奨励賞、タカシマヤ美術賞に輝くなど、脚光を浴びる漆芸家笹井史恵(1973年~)の自宅アトリエは、4度目の春を迎える。床の光沢が美しい。「2度漆を塗って、3度目塗ろうとしたら、つわりが激しくなって。そのままになっています」と笑う。まだ新しい漆室があった。ガラス越しに、乾燥途中の真っ黒なものが数点見える。「ここまでたどりつくのが長いんですね」。研いでは塗る作業を繰り返し、約30工程を経て完成する漆作品。丸みのあるフォルムが、次の塗りを待ちかねているようだ。制作しているのは、まもなく始まる個展の作品(小西=京都市東山区 4月4~12日)。久しぶりの京都個展のテーマは「春」。「お花とか抑圧からの解放とか、一文字でいろんなイメージがあるって楽しそう」。5月には初めてフランスでも個展を開く。
仕上がった作品が工房にあった。ふくよかな果実、魚の尾びれ、折り重なる花びらを思わせる造形美。最近はこうした複雑な形に関心を置いている。盛り上がった稜線が表面に穏やかな曲線を描き、みずみずしい起伏に陰影が添う。「ぽーんと丸い形ではなく、稜線と面の美しさが出たらいいかな。面が切り替わり、映り込みも変わって面白い」。最近取り組む金魚の造形も、丸みと稜線の重なり、両方ある造形が気に入っている。
一方で、ひょうたんのような二つの丸みはそれを縛るように竹が編まれている。竹工芸の作家との共作。こうした他分野との交流は、截金や白磁、蒔絵の作家と競演した昨年のグループ展がきっかけ。「いろんな人と関わるって楽しい。江戸時代はもっと緩い感じで組み合っていただろうし、工芸作家と仲良くできたらいい」
大阪・八尾市出身。京都市立芸術大に入学した時は、陶芸家を目指していた。「焼いてちっちゃくなるのがあかん」と思い漆に転向。「下地を付けながらボリュームアップする方が自分に合っていた」。続けていくと、作りたい形とやりたいテーマが出てきた。「漆って液体なんで、木でも土でも鉄でも何でも塗れるし、それ自体支持体になれる。蒔絵をすれば絵画にもなる。可能性を感じます」
この数年、結婚、出産、大学准教授就任が続いた。「自分のためだけに作るには限界がある。でも、その制約の中でこれまでと違うものが出てくれば。子どもが生まれたけど続けているというのではなく、できてもっとよくなったという方がいい」
思わずなでたくなるような質感とフォルム。「子どもがテレビを見ている姿やほっぺたのムニュムニュした感じ」が、作品に取り込まれている。
(河村亮)