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CRITIC

2018年5月1日 マルテル坂本牧子「炎芸術134号」

漆の伝統と生命を繋ぐ、愛しきかたち

 周囲の光を吸収し、しっとりと潤いのある肌合いと、ふっくらとした柔らかい稜線を描く有機的なフォルム。そして、その多くが、晴れやかで明るい朱色に彩られた笹井史恵の漆作品には、一度見たら忘れられない、溌剌とした美しさと個性がある。佇まいは何ともユニークで愛らしく、しかし、威風堂々として力強くも感じられるのは、今を逞しく生きる作者自身の持つ愛嬌とヴァイタリティが、漆の中にリアルに込められているからであろう。作品にリアリティをもたらすのは、現代的な視点から捉え直された、伝統的な素材への共感である。

 笹井は、胎となる原型の上に麻布や和紙などを漆で貼り重ねて成形する「乾漆」という技法をメインに、古来よりハレを祝う祭具などに用いられてきた「朱漆」と、上塗り後、研磨せずに仕上げる「塗立仕上げ」というシンプルな造形により、「立体」としての漆芸の可能性を広げている。伝統的な漆の特徴を備えながらも、その造形は伸びやかで自由な雰囲気に包まれ、「人が普遍的に持つ愛しいと思う気持ちの発露を目指したい」という親密な衝動から、花や果実、子供などのモティーフに見出す「生命力」を、柔らかい漆の質感と豊穣なかたちで表現してきた。近年は、着物の重ね衿や帯結びなどからヒント得たという「稜線の連なり」を新たにテーマに取り入れ、襞の間に光と影が移ろいゆく、鋭く華やかな造形で新境地を拓いている。

 子供の頃、粘土で人形を作るのが好きだったという笹井は、高校の美術部で油彩画を描いていたが、絵の具をたっぷりと盛り上げて描くうちに、「土っぽいものを使って作ってみたい」と奮起し、陶芸を志して、京都市立芸術大学美術学部工芸科へと進んだ。しかし、乾燥や焼成という過程で作品が縮んでいくことに馴染めず、傍ら、何度も塗り重ねていくうちに、徐々に「ふくよかになっていく漆に手応えを覚え、最終的に漆工を専攻した。笹井の在学時には、乾漆に新海玉豊、髹漆に望月重延、加飾に冬木偉沙夫、栗本夏樹、木工に藤崎誠という教授陣が指導に当たっていたが、特に1960年代から、発砲スチロール胎による乾漆技法の草分け的存在であった新海や、新進気鋭の漆芸作家として斬新な作品を発表していた栗本らの存在は大きく、伝統的な技法を習得しながら、素材である漆とオープンに向き合い、自由に制作することができた。

 中国を起源とする乾漆技法は、日本では奈良時代、仏像制作などに多く用いられたが、やがて蒔絵や螺鈿などの加飾技法の席捲に伴い、造形手段としての存在感は薄くなっていた。しかし、大正から昭和初期にかけて、フォルムを重視し、「塗り」そのものを表現として活かしていく新しい傾向が生まれたことで、再び注目されるようになった。漆そのものの持つ美しさや人間の内面的な世界を表現するのに、立体造形がもっとも重要であると考えていた笹井にとって、軽くて丈夫で、かたちやサイズも自由が効く発砲スチロール胎による乾漆技法は、まさに時機を得た必然の選択といえるものであった。学部時代は加飾のゼミに在籍するも、自身の作品に加飾を施すことはほとんどなく、かたちを際立たせるためにほんの少し加える程度であったという。そして、大学院からは「塗り」を表現の主体とする髹漆のゼミに移り、現在の作風の基礎が出来上がった。

 異色の作品となったのは、2014年に竹、白磁、截金ガラス、蒔絵の作家たちとのコラボレーションから生まれた一連の作品群であろう。金魚好きの截金作家のために制作したという《金魚1》は、その一例である。従来の丸みを帯びたフォルムの上に、現在の新しい傾向である「稜線の連なり」を重ねた、まさに笹井の進化の一瞬を捉えた作品であったが、そこに截金模様が加わることで、表情ががらりと変わった。しかし、同時にかたちの主張がよりいっそう際立ち、笹井の目指す方向性がかえって強調されていたことが興味深かった。

 ウルシ科の落葉高木から採取した樹液を原料とする漆は、じつに膨大な工程と緻密な手仕事を経て、ようやくあの美しい質感へと辿り着く。塗り、乾燥、研磨を何十回も繰り返す作業は、造形を研ぎ澄ましていくための祈りにも似た行為のように見える。素材と根気強く付き合い続ける濃密な時間は、漆の造形には欠かせないものだ。笹井は、その時間に自らの人生を重ね合わせ、漆の伝統と生命を繋ぐ、愛しきかたちを生み落とし続けている。
(SAKAMOTO-MARTEL Makiko 兵庫陶芸美術館学芸員)